大型コンピューターで動くようなゲームは勿論普及が難しい

ひと昔前、ゲームが動くような機械は庶民の手に届かなかった

だが、ブッシュネルが「元祖ゲームクリエイター」と呼ばれるにふさわしいかどうかは、ちょっとあやしい。彼が歴史に名を残した「業績」のほとんどは、身もフタもなく言うと他人から勝手にちょうだいしたもの。『コンピュータスペース』にしても例外ではなく、「原作」は1962年当時、MIT(マサチューセッツ工科大学)の学生たちが作った『スペースウォー1』というゲーム。これのプログラム(とMITに置かれていたコンピュータの同機種)がたまたま、ブッシュネルの通っていたユタ大学にあって……という次第。

とはいえ、「ゼロから作ったわけではない」という事実は、ブッシュネルのなし遂げた偉業を少しもおとしめはしない。テレビゲームは大学生や研究者でもない人々は見たことも触ったこともなかったし、そもそも市場がなかった。その上、『スペースウォー1』開発の中心人物だったスティーブ・ラッセルはまるで商売っ気がなく、プログラムが書かれた紙テープ(その頃はフロッピーさえなかったのだ)をただで配っていたほど。

しかし、『スペースウォー1』が動く大型コンピュータはべらぼうに高く、ゲームの普及にはほど遠かった。何万人、いや何億人のもとに届けるためには、誰かがビジネスにして「産業化」しなくてはいけない。その困難な役目を引き受けたものの、初めての『コンピュータスペース』は操作が難しすぎて分かってもらえず、商売は大失敗。それでも、ゲームの未来をあきらめなかったブッシュネルは、「元祖・ゲームの営業マン」として尊敬に値するはずだ。『ボン』が開けたパンドラの箱テレビの画面がセンターラインで二つのコートに分割され、左右にはラケットらしき縦線が二つある。
最初は軽い気持ちではじめたパズドラですが、今はその世界にどっぷりはまってしまいました。でも、一回にできる時間が規定されているゲームなので、一日中やったりすることもなくて、ある意味安心して遊べます。


『スター・ウォーズ』とピンク・レディー。そうした「敵の攻撃」という概念の優位性があったとしても、概念は「やり込んだ人」にしか分かってもらえない料理の味のようなもの。タイトーの正規品だけで30万台(タイトーによる生産20万台+他社によるライセンス生産10万台)、違法コピーを合わせると60万台を超えたという未曾有のヒット。

この記録を破る業務用ゲーム機は、30年後の今日までない。こうした、いち商品の売れ行きを超えた「社会現象」への発展には、いくつかの社会的要因がなくてはならなかった。一つは、1977~78年にかけてのSFブームの襲来である。この年には、アメリカでは『未知との遭遇』と『スター・ウォーズ』という、二つの大作が公開された。
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